最近気になる用語 196
磯焼け
                             


 最近,「磯焼け」との言葉をよく聞く.昨年末に九州北部一帯で見られたこの現象が,新聞の紙面を賑わしたのは記 憶に新しい.これは,大まかに言えば沿岸海域の藻場が消失する現象を全般に指すが,同時に水産業という側面からは, 海洋生物資源の再生産において重要な礎の消失を意味する.すなわち,この現象の拡大により食卓に上る魚が減ってい るのである.厳密な磯焼けの定義については藻類の研究者のなかでも分かれている.もっとも古い磯焼けに関する記述 については「海産植物学」1)にあり,おそらくこれが最初の記述である.これを基に,谷口和也氏は磯焼けの定義につ いて著書2)のなかで,「伊豆半島東海岸の方言で古くからよく知られた現象であり,
①ホンダワラ科に属する一部の海藻は残存するが,海中林を構成する褐藻のアラメやカジメを中心にそれまで優占していた多くの海藻が消滅し,
②海底の岩面に固着していた殻状の紅藻である無節サンゴモが優占し,
③その無節サンゴモも死亡して付着珪藻が表面を覆って黄色となることもあり,
④海中林に依存して生活するアワビなど有用な魚介類も減少して,
⑤漁業生産が著しく低下する」これら一連の現象であり,「あくまでも産業的な現象を示す用語として理解すべきである」としている.
 しかし近年では,この定義は大きく広げられているように思える.すなわち四井敏雄氏は,磯焼けについて『磯焼け という用語は,鹿児島県においては「大型海藻の消失に使う場合もあるが,小型海藻もほとんど消失し,無節サンゴモ および有節サンゴモのみの荒涼とした状態」や宮崎県においては「有用海藻が消失し,その状態が数年継続している場 合」など幅広く使われている.このように,磯焼けという用語の定義は大変曖昧なようにみえるかもしれない.磯焼け は同じ原因で発生しても,その場所に生息している植食動物や供給される生殖細胞の質と量によって景観的には大きく 変化する.このように,磯焼けはもともと多様な景観をとり得る現象であり…』と述べ,自身の磯焼けの定義について
 「a)大型褐藻の群落が形成されていた外海の潮下帝号礁域において,それらの群落がはなはだしく衰退し,その状態 が継続している.
 b)景観的に見ると,いわゆるサンゴモ平原から貧海藻帯に至る幅広い範囲の状態を含んでいる」 としている3)
 また,藤田大介氏は「磯焼けとは,浅海の岩礁・転石域において海藻の群落(藻場)が季節的消長や多 少の経年変化の範囲を越えて著しく衰退または消失して貧植生状態となる現象で…」と述べている4).すなわち近年で は,磯焼けとはアラメやカジメなどの褐藻類に関わらずこれまで多くの海藻が繁茂していた沿岸海域の藻場において, これらが季節的な消長や台風などの一過性の消滅と異なり藻場が消失してそれが繁茂する季節になって生えてこない状 態が数年継続している状態を指しているようである.
 
文  献

1)遠藤吉三郎「海産植物学」,博文館,(1911).
2)谷口和也「磯焼けを海中林へ」,裳華房,(1998).
3)谷口和也編「磯焼けの機構と藻場修復」,厚生社恒星閣,(1999).
4)堀輝三,大野正夫,堀口健雄編「21 世紀初頭の藻学の現況」,日本藻類学会,(2002).

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