最近気になる用語 138
魔法びんと魔法びん効果
                             

 民生部門での省エネルギー技術の動向という点で、(財)省エネルギーセンターが実施している省エネルギー機器・ システム表彰(省エネ大賞)の平成16年度(第15回)受賞機器一覧表1)を閲覧し、魔法びんをキーワードにしたものが 2件記されていることに気づいた。それらは、2重断熱構造を用いた浴槽「魔法びん浴槽」(経済産業大臣賞、東陶機器㈱)、 電気ポット「VEまほうびん」(省エネルギーセンター会長賞、象印マホービン㈱)とそれぞれ記載されており、省エネルギー 特性が優秀なことや採用技術について、概要が解説されている2-3)。気になったのは、「魔法びん」や「まほうびん」など、その 書き方が異なる点である。そこで、もう少し広く「魔法びん」の単語としての使われ方を調べてみた。 上記2件に限らず、真空断熱材、人口衛星の多層断熱材、住宅の断熱工法、二重底バラストタンクを持つオイルタンカー、 魚倉の冷却方式、二重張り傘、スポーツウェア、人工衛星など、様々なところに「魔法瓶(びん)効果」あるいは「魔法びん のような」という表記が見られた。ここでは、魔法びんと魔法びん効果について調べた結果を紹介する。
 まず、魔法びんという単語に関して、全国魔法瓶工業組合に尋ねたところ、単に「魔法瓶(びん)」だけでは、現在は 商標になり得ないとのことであった。つまり、魔法びんは一般的な名称ということになる。「大辞林」では、「魔法びん【魔法瓶】 :中に入れた物質の温度を長時間保てるようにした瓶.二重壁のガラス瓶の間を真空にし,内面に銀メッキを施して伝導・対流・放射 による熱の移動を防ぐようにしたもの.普通,口の狭い液体用のものをいう.保温瓶.ポット.ジャー.」4)と説明されている。 本学会の「冷凍空調・食品用語集」では、デュアーびんと関連して「魔法瓶 Dewar flask, vacuum flask」5)と記されている。 一方、(社)日本機械学会発行の「文部省 学術用語集 機械工学編(増改版1995年)」には、デュワーびんと魔法びんは、いずれも 掲載されていない。
 JISにおいては、JIS S2006-1994まほうびん(Vacuum bottles)とJIS S2053-1994ステンレス鋼製まほうびん(Stainless steel vacuum bottles)が収録されている。前者は保温、保冷を目的としたガラス製二重びんを主に対象としており、 昭和28年に制定されている。著者の推察であるが、その当時は「魔法びん」が商標として扱われていて、商標との区別を目的と してJISではひらかなで表記したのではなかろうかと考える。両JISに記載された保温効力(20±2℃無風の部屋に2時間以上開栓して 放置したまほうびんの中に沸騰した湯を規程量入れて湯音が95±1℃になったときに中栓をし、24時間放置後に測定された湯の温度)の 表を容量が同等のもので比較すると、保温性能はガラス製の方が高いようである。ステンレス製のものは、周知のように耐衝撃性に優れている。
 図1に容器の大略構造を示すデュワーびんは、1892年に英国の科学者James Dewarによって実用化され、最初は液体酸素用の容器として 用いられた6)。文献7では、「1881年にドイツのヴァイントホルトが液体ガスを保存するため、二重壁のガラスびんをつくり、壁間を真空にして 伝導と対流による熱移動を防ぐことを実験した。1891年、Dewarは金属製容器を二重壁とし、壁間を真空にして伝導と対流による熱移動を 防ぐことに成功した、続いてガラスの二重壁を作って内側に銀メッキを施すことで放射による熱輸送を抑えた。魔法びんはこの2人が ルーツだ」と記されている。1908年に初めて日本に持ち込まれて以来、大阪の地場産業として今日に至る経緯は、文献8~11にも詳述されている。
  さて、インターネット上で「魔法びん効果」あるいは「魔法びんのような」という単語を検索し、文脈を含めて分析した結果を要約すると、 魔法びん効果とは、デュワーびんが備えている3つの熱移動遮断機能や構造、すなわち、①構造が二重壁、②二重壁の間が真空(伝導と対流の遮断)、 ③反射による熱放射の遮断、という特長の一部を熱移動抑制の技術として利用することで断熱や保温特性が改良されることを意味する言葉と考えられる。
 真空断熱材12)は、断熱層内部の真空度や機械的な構造を除けば、機能はデュワーびんと同じと考えられる。 冒頭の浴槽2)は、二重壁そのものが断熱材であり、壁の間は空気層のようである。同様に、二重底バラストタンクを持つオイルタンカー 13)と二重張り傘14)では、二重壁の間は空気であり、空気自身を断熱層としている。エジプト発掘隊の婦人が 持参したという二重張り傘の場合は、傘自体の紫外線遮断の効果のほかに、材料の熱伝導性と色の工夫も断熱に寄与している。魚倉の冷却方式15)は 二重壁の構成が住宅の外断熱工法と似ており、船体側の壁に断熱材を設け、熱を汲みだしたい 魚倉側の壁にはアルミニウム製または鋼製の板を用いている。二重壁の間に低温の冷却用空気を強制循環させている点で、ユニークである。 スポーツウェア16,17)では人体からの熱を外部に流出させないよう、熱を反射する材料を生地に用いており、熱の反射という点で 魔法びん効果あるいは魔法びんのような保温としている。人工衛星では、反射得を主体として機能する金色の多層断熱材が太陽からの光エネルギーの 90%以上を遮断する魔法びんのような服となり、宇宙の厳しい環境から人工衛星の身を守っている。18)
 魔法びん効果を用いた省エネルギーや防熱技術の例は、上記以外にも多数あろうと考える。開発された技術を世間一般に わかりやすく伝えるという点でイメージしやすいものを引き合いに出すこと自体、なんら異論なく、魔法びんがいかに 深く浸透しているかが伺える。しかし、その一方で、開発における工夫、技術の独創性や新規性をアピールする上では、 似て非なる点にこそ、注目されるべき本質があるのではなかろうかとも思う次第である。
 (文献)
1)http://www.eccj.or.jp/vanguard/commende15/index.html
2) http://www.eccj.or.jp/vanguard/commende15/commende15_01.html
3) http://www.eccj.or.jp/vanguard/commende15/commende15_13.html
4) 松村明(編):「大辞林」,(松村明,三省堂編集所),p.2292,三省堂,東京(1989).
5)(社)日本冷凍空調学会(編):「冷凍空調・食品用語集」,改訂版,p.27,77,167,東京(2003).
6)講談社出版研究所(編):「世界科学大辞典」,Vol.8,新装版,p.123,講談社,東京(1979).
7) http://www.ulvac-uc.co.jp/kurashi/mijika/mahoubin/
8) http://www.shoku-sta.jp/etc/ajistory/ajistory18.html
9) http://www.elkanet.com/square/enjoy/zatu01/z0116.html
10) http://www.pre.osakajp/kogyo/jiba/seikatu/5-26.html
11) http://www.themos.jp/double_anniversary/history.html
12) http://www.panasonic.co.jp/ism/vacuum/index.html
13) http://www.kawajyu.co.jp/thermo-wm_005/showroom03.html
14) http://www.hakata-kasa.co.jp/cargo/
15) 久慈武:冷凍,80(930),279-282(2005)
16) http://www.yonex.co.jp.golf/feature/hc/index/html
17) http://www.descente.co.jp/ski/dgs09_titan.html
18) http://www.nasda.go.jp/lib/nasda-news/2003/05/kenkyuu_j.html

「最近気になる用語」
学会誌「冷凍」への掲載巻号一覧表