トレハロース(図1)は糖類の一種で、Dグルコースの非還元性ニ糖類である。
ニ糖類という分類では、甘味料として馴染みの深い砂糖(スクロース)などと
同類である。この砂糖の親戚の二糖類が、インスタント食品や冷凍食品、医療における
生細胞・組織保存などの分野で話題となりつつある。トレハロースの効果として知られている
現象を列挙すると、
1)澱粉の老化抑制:電子レンジで加熱調理するタイプの米飯を含むインスタント食品に
販売されている。
2)脂質変性抑止:リン脂質膜にトレハロースを添加すると、脂質膜の性質が変化することが報告されている。
3)タンパク質の変性抑止:ある種のタンパク質に対しては、トレハロースを添加することで、
無添加の場合に比べて活性が長期間維持される。
4)細胞の凍結保護:細胞内外にトレハロースが存在すると、細胞凍結が抑制され、細胞外の
氷晶も微細化して解凍後の細胞生存率が高くなる。
5)細胞の乾燥保護:典型的な例としてドライイーストがあげられる。
自然界では、昆虫・菌類・植物の一部がトレハロースを合成することができ、乾燥や氷点下の低温
といった周囲の環境変化に合わせて体内に蓄積している とりわけ有名な生き物がクマムシである。
この生き物は、飽和液体窒素温度や真空といった超低温―乾燥環境に長時間耐え得ることから、体内に
蓄積されている物質が調べられた。研究の結果、体内に大量のトレハロースが存在することがわかり、
トレハロースの効果が脚光を浴びるきっかけとなった。つまり、生物由来の物質に対して耐凍結、耐乾燥性を
付加するというのである。
上記の1)~5)の効果を統一的に説明できる理論は未だない。しかし、水溶液の粘性が分子の大きさから
考えられる値より高く、ガラス化温度も高いことと、水分子の配置きわめて近い分子構造をもつことから、
生体由来物質の表面に存在する結合水と置換して水が少ない状態でも水和構造を維持している可能性が
あることが、定性的な原因となっていると思われている。また、トレハロースはきわめて高い親水性があり、
通常、常温ではニ水和物として存在する。未だ未解明な点が多いトレハロースであるが、ともかく水分が媒体と
なっている変化、反応の速度を著しく下げる効果があるようである。
砂糖と同じニ糖類ながら砂糖ほど味も機能も甘くないのだ。
ところで、生体由来の物質は、細胞やタンパク質・脂質など、いずれも常温では容易に劣化することが、
流通と保管に対する特別な配慮を必要とし、これら“なまもの”を利用した製造物を対象とした食品や医療産業
を難しくしている。
今後は食品のみならず、プロテインチップ、生体組織工学、成分輸血を含む移植用細胞など、生物由来の
対象を高品位を保ちつつ、簡便に保存する技術(たとえば、常温で年単位で保存できる)は、生物由来の物質の
産業化の大きな鍵を握ると思われている。トレハロースは、このような技術のブレイクスルーの一つになる
可能性を秘めているかもしれない。
最後に、血小板の保存期間がトレハロースを内包することで著しく延びた例を紹介する。
通常、血小板は温度変化に敏感で5日程度しか保存できない。ところが、トレハロースを血小板細胞に
内挿して凍結乾燥すると保存期間を常温で約1年まで延ばすことができるという。
保存操作に技術的な問題点があるため、未だ研究段階にあるが、実用化されれば輸血医療に相当な変化を
もたらす様に思われる。
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