93    狂牛病  


     一般に狂牛病(Mad Cow Disease)と呼ばれている疾病の正式名称は,牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy;BSE)である.本症は1986年にイギリスで初めて発生が報告されて以来,18万頭以上の牛が処分されてきた致死性の神経変性性疾病であり,プリオン病に分類される.このプリオン病には,本症の他に緬羊のスクレイピーや人のクロイツフェルト・ヤコブ病などがある.イギリスでは本症が人に感染して新型クロイツフェルト・ヤコブ病を生じたといわれ,新しい食品媒介の人獣共通感染症として社会問題となっている.我が国でも本症が2頭の乳牛で確認されたことから,食肉や牛を原材料に用いている医薬品や化粧品の安全性評価が重要である.
    BSEの病原体である異常プリオンタンパク(PrPSC)は,ウイルスより小さい感染因子で,核酸を持たず,通常の熱処理では感染力が完全には失活しない.そのためレンダリング産物である肉骨粉にPrPSCが残存し,これを含んだ肉骨粉を飼料や代用乳に用いたため,イギリスではBSEが大流行した.PrPSCについては未解明の部分が多いが,これまでのところ正常プリオンタンパク(PrPC)が転写後の修飾を受けたPrPSCが宿主に蓄積して発症したと考えられている(プリオン・ダイマー説).この,PrPSCは神経細胞や免疫細胞の細胞膜表面に存在する糖蛋白分解酵素に対して抵抗性を示すが,PrPCからPrPSCへの変換機構は不明である.
   本症は2~8年の潜伏期間を経て発症するため,比較的高齢の牛に発症が多く,症状は神経質になり警戒して興奮しやすくなる行動異常,接触などの知覚,音および光に対して過敏となる知覚異常,歩行させると小刻みにジャンプしたり,四肢を滑らせて転倒しやすい運動失調が特徴である.発症後は半年から1年で死亡し,病理解剖学的に特徴的な変化は認められないが,組織病変では中枢神経系,特に脳幹部に局在した灰白質の神経網の空胞化および神経細胞の細胞質の空胞化と脱落が認められる.本症はイギリスの他,フランス,ドイツ,ポルトガルでも多数発生している.我が国では前述したように本年9月に千葉県の乳牛46頭を飼育していた農家の5才のホルスタイン雌1頭に本症が感染していたことが判明し,さらに11月には北海道で1頭感染していることが確認された.
    本症の防疫対策として政府は9月12日に24ヶ月以上の牛を対象に臨床症状や飼料の全国調査を実施し,9月18日には肉骨粉を牛に給与することを法的に禁止した.すなわち農水省は1996年に肉骨粉の反芻動物への使用を制限する指導を行ってきたが,現実には牛への肉骨粉が給与されていたので,千葉県でのBSE発生をうけて反芻動物への肉骨粉の使用を禁止した.さらに政府は食肉衛生検査におけるサーベランス体制の強化対策として,牛の全頭検査を実施するとともにOIE基準によって定められた本症の特定危険部位である脳,脊髄,眼,回腸遠位部をと畜解体の際にこれらが食肉に混入しない手順の確保と流通過程からの排除を決定した.したがって,現在流通している臓器,肉,ミルクは安全であるといえる.
   


   世界のBSE発生状況 (OIE;国際獣疫事務局資料,2001年11月12日現在)
  
1989199019911992199319941995199619971998199920002001発生総合計
ベルギー 0000000016393554
チェコ共和国 00000000000022
デンマーク 0001**0000000146
フランス 00501431261831161202443
ドイツ 0001**03**002**007117130
ギリシャ 00000000000011
アイルランド 1514171816191673808391149165756
日本 00000000000022
イタリア 000001**0000003738
リヒテンシュタイン 0000000002   2
ルクセンブルク 00000000100001
オランダ 0000000022221321
ポルトガル 01**1**1**3**1214293010617016375605
スロヴァキア 00000000000033
スロベニア 00000000000011
スペイン 0000000000027274
スイス 02815296468453814503330396
英国 7 22814 40725 35937 28035 09024 43614 5628 1494 3933 2352 3001 443526181 368
1998年以前も含む
**輸入による発生