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顕微授精
                             


 顕微授精という言葉をご存知だろうか? 顕微鏡を使用して卵細胞や精子を見ながら細胞操作用マイクロマニピュレ ータを用いて卵子内へ精子を注入して受精させる究極の人工授精の手法である. 哺乳動物の人工授精は,1780 年,Spallanzani(イタリアの僧)によるイヌでの成功例が記録に残っている.日本にお いては,京都大学医学部石川教授が,1907年,ロシアのペテルスブルグでウマの人工授精技術を学んで日本に技術導入 したのが最初と言われている.1945年以降,各国で家畜や実験動物の品種改良や増殖を目的とした人工授精が使われる ようになった.細胞操作用マイクロマニピュレータを用いての動物の人工授精の研究は,ウニ配偶子(1962 年),カエ ル配偶子(1962 年),1976 年にはハムスター卵にヒトやハムスターなど同種や異種の精子を注入して,前核形成がみら れることなどが確認されている.
 ヒトの人工授精は1969 年に体外受精が成功しており,1978年には最初の体外受精児がイギリスで生まれた.日本では 1979 年,摘出卵巣から採取した未成熟卵を体外培養し,最初の体外受精に成功している.1983年には最初の体外受精児 が生まれている.
 細胞操作用マイクロマニピュレータを用いてのヒトの人工授精(顕微授精)は,比較的非侵襲的な透明体開孔法から 始まった.この方法は透明体にスリットあるいは穴をつくり囲卵腔への精子侵入を促進する方法(ZD:Zona drilling)で, Gordon らは,酸性タイロード液により透明体に裂孔を作製した後,媒精し,受精率の向上を試みたが,ヒトにおいては 多精子受精が高率に認められ,妊娠例は得られなかった.一方,Cohen らはカラス針で透明体を穿刺し機械的に裂孔を 作製することにより,1988 年最初の妊娠および男性因子症例における受精率の改善を報告した(PZD : Partial zona dissection).透明体開孔法は媒精手技として通常のIVF(in vitro fertilization)と同じMacro-insemination であるのに対し て単一あるいは複数精子を囲卵腔内に注入する方法である囲卵腔内精子注入法(SUZI or SZI:Subzonal insemination)あ るいはMicroinsemination by sperm transfer(MIST)が考案され,ヒト卵での顕微授精が報告された.その後,卵子細胞 質内注入法(ICSI : Intracytoplasmic sperm injection)が開発された.ヒトにおけるICSI の研究は,1988 年にLanzendorf らがヒト卵のICSI で受精を確認したことに始まる.Palermo らは1992 年にICSI による4 例の妊娠を報告し1),1993 年に Steirteghan らは以前に通常IVF で受精しなかった150 カップルにICSI を施行し,1409 個の卵子のうち64.2 %に受精が成 立し,67 例(44.7 %)に妊娠が成功したと報告した2).さらにSteirteghan らが閉塞性無精子症の患者に対して精巣上体 精子を用いたICSI で良好な成績を報告するなど,ICSI の適応は広がり始めた3).現在では,男性因子症例の場合,ほと んどがICSIによる不妊治療が行われている.畜産分野においても,美味しい食肉を生産するための家畜の品種改良に顕 微授精が行われている.

① ZD(Zona drilling) ②PZD(Partial zona dissection)  ③ ZO(Zona opening)

④ SUZI(Subzonal insemination) ⑤ICSI(Intracytoplasmic sperm injection)   
図1 顕微授精の各方法

 文  献

1)G. Palermo, H. Joris, P. Devroey, et al「Pregnancies after intracytoplasmic injection of single spermatozoon into an oocyte」, Lancet, 1, pp.826-835,(1992).
2)ACV. Steirteghan, Z. Nagy, J. Lju, et al「High fertilization and implantation rates after intracytoplasmic sperm injection」, Hum Reprod, 8, pp.1061-1066,(1993).
3)久保春海他「新しい生殖医療技術のガイドライン」,日本不妊学会,(2003).

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